大阪地方裁判所 平成9年(ワ)8917号 判決 1998年6月16日
原告
田代美恵子
被告
河野金藏
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一一万一七八九円及びこれに対する平成七年九月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金四六六万円及びこれに対する平成七年九月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、歩行中の原告に被告河野金藏運転の足踏自転車が衝突し、原告が転倒して負傷した事故につき、原告が、被告河野金藏に対しては、民法七〇九条に基づき、被告平成産業株式会社に対しては、民法七一五条に基づき、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
記
日時 平成七年八月一九日午前七時〇分頃
場所 大阪府高槻市柳川町二丁目二一番三号先路上(以下「本件事故現場」という。)
事故車両 足踏自転車(以下「被告自転車」という。)
右運転者 被告河野金藏(以下「被告河野」という。)
態様 被告自転車が歩行中の原告に衝突した。
2 責任原因
(一) 被告河野
被告河野には、前方を注視して進行すべき義務に違反した過失がある。
(二) 被告平成産業株式会社
被告河野は、被告平成産業株式会社の従業員であり、本件事故当時、同会社の業務の執行中であった。
二 争点
1 本件事故の態様(被告河野の過失、過失相殺)
(原告の主張)
原告は、南から北へ路側帯端の側溝の蓋の上を歩行していたところ、被告自転車が南に向かってきたため、左方の森永医院敷地内によけた。しかし、被告自転車が速度を落とさないまま原告のよけた方に向かってきたため、被告自転車の前輪が原告の両脚の間に挟まる形で衝突し、原告はその場で後向きに転倒した。
(被告らの主張)
原告と被告自転車とは、森永医院前の路側帯上で衝突した。被告河野は、原告と衝突した際、直ちに停止したが、被告自転車の前輪が原告の両脚の間に挟まる格好となって両名が停止した。その後、原告は後ずさりし、側溝につまづいて後ろ向きに転倒した。
原告は、前方から進行してきた自転車に気づかず、正面で衝突したのであるから、本件事故の発生には原告にも原因があるのであって、相当の過失割合がなされるべきである。
2 損害額
(原告の主張)
(一) 人件費 三〇万円
(二) 休業損害 三〇六万円
(三) 原告慰謝料 三〇万円
(四) 家族慰謝料 三〇万円
(五) 商品損害 九七万六二五一円
(六) 治療費(雑費含む)
原告支払分 九五三五円
被告支払分 五万七三〇〇円
3 損害の填補
(被告らの主張)
原告は、本件事故による損害の填補として、被告河野から合計一五万七三〇〇円の支払いを受けている。
第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)
一 争点1について(本件事故の態様)
1 前記争いのない事実、証拠(甲一五1、2、一六、乙一、被告河野本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は、大阪府高槻市柳川町二丁目二一番三号先路上(鳥飼八丁富田線)であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。
被告河野は、平成七年八月一九日午前七時〇分頃、被告自転車を運転し、鳥飼八丁富田線(以下「本件道路」という。)を北から南に向かって走行し、別紙図面地点から斜めに横断して、同図面地点に至り、さらに南に向かって路側帯を走行中、進路前方に南に向かって歩行している男性を発見し、その男性を同図面
以上のとおり認められる。この点、被告らは、被告自転車は原告と衝突した後直ちに停止し、その後、原告が後ずさりして側溝につまづいて転倒したと主張するが、被告河野が原告に衝突するまで原告に気づいていなかったことに照らすと、被告らの右主張を採用することはできない。また、原告は、衝突地点につき、森永医院の敷地内と主張するが、右方に避けるなどの衝突回避措置を何も採っていない被告自転車がそのような場所を走行するとは考えがたいから、原告の右主張を採用することもできない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 一般に、歩行者にとって、走行中の自転車はかなりの凶器となりうるものであるから、自転車を運転するものは、進路前方や周囲の歩行者に対し、十分な注意を払うべきである。ところが、右認定事実によれば、被告河野は、前方を注視しながら走行すべき注意義務があったにもかかわらず、衝突するまで原告に気づかず、右注意義務を著しく怠って走行したものであり、本件事故は、主として被告河野の右過失のために起きたものであると認められる。しかしながら、他方において、原告も路側帯付近を歩行する以上、進路前方から自転車が進行してくることは予想されるから、進路前方を注視し、適切な回避措置を採るとともに、転倒の際にも手を地面につくなりして転倒の衝撃をやわらげることが期待されたというべきであるところ、仮に原告がこのような対応をしていれば、本件事故を避けることができたか、あるいは少なくとも、傷病の程度を軽くすることができたものと認められるから、原告に生じた損害の全てを被告らの負担とすることは公平を失するといわざるを得ない。
したがって、本件においては、右一切の事情を斟酌し、二割の限度で過失相殺を行うのが相当である。
二 争点2について(損害額)
1 傷病・治療経過等
証拠(甲一ないし三、乙三、七、八)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
原告(昭和一四年二月一五日生)は、本件事故当日である平成七年八月一九日、森永医院にて、後頭部打撲挫創、頸部捻挫の傷病名で、診療を受けた。初診時、原告には、後頭部に挫創がみられたが、両側頭蓋骨には異常なく、頸部脊椎骨すべり症(C五/六)の疑いがあった。その後も、頸部痛、頭痛を訴えた。同医院では、挫創処置と湿布処置、消炎剤の投与を中心とする治療が行われた。同年九月九日をもって一応治療中止とされ、同月二七日には、後頭部受傷部に軽い硬結と陥没様凹みを残すが、X線検査上特段の所見なく、以後は経過観察とすると診断された。
原告は、平成九年六月三〇日、本件事故による頸椎捻挫に関し、大阪医科大学附属病院にて、CT検査を希望したが、神経学的に異常が認められなかったため、医師からCT検査の必要性が少ないと説明され、結局、同検査を受けなかった。
以上のとおり、認められ、右認定を左右する証拠はない。また、本件全証拠をみても、原告につき、右認定以上の傷病が発生していたと認定することはできない。
右認定事実によれば、原告の症状は、平成七年九月九日からそれほど経過していない同年一〇月九日には固定していたものと推認される。
2 損害額(過失相殺前)
(一) 人件費 認められない。
原告は、本件事故により、人件費増加分として、三〇万円を主張する。しかしながら、仮に原告の傷病のために原告の負担する人件費が増加したとしても、本件事故と相当因果関係にあるのは、右傷病により原告の低下した労働能力を補うのに必要な範囲にとどまるから、結局、次の(二)で評価すれば足り、これと別個の損害項目として認めることはできない。
(二) 休業損害 一二万六九六二円
前認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告(昭和一四年二月一五日生)は、本件事故当時、主婦兼の傍らコンビニエンスストア「ローソン」で働いていたと認められる。原告の「ローソン」における労働の対価分を示す的確な証拠はないが、平成七年度産業計・企業規模計・学歴計女子労働者(五五ないし五九歳)の平均給与額が年額三三一万〇一〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるから、原告の休業損害は、右金額を基礎として算定するのが相当である。
そして、前記1の認定事実に照らすと、原告は、本件事故により、本件事故日である平成七年八月一九日から同年九月九日までの二二日間は平均して五〇パーセント労働能力が低下した状態であり、同月一〇日から前記症状固定日である同年一〇月九日までの三〇日間は、平均して一〇パーセント労働能力が低下した状態であったと認められる。
以上を前提として、原告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。
(計算式) 3,310,100×0.5×22/365+3,310,100×0.1×30/365=126,962(一円未満切捨て)
(三) 原告慰謝料 一五万円
原告の被った傷害の程度、治療状況等の諸事情を考慮すると、右慰謝料は一五万円が相当である。
(四) 家族慰謝料 認められない。
原告は、家族の慰藉料を請求する適格を有するものではない。
(五) 商品損害 認められない。
原告は、「ローソン」閉店に伴う商品損害として九七万六二五一円を主張している。しかしながら、前記1において認定することのできた原告の傷病、治療状況に照らすと、仮に原告自身に右商品損害が生じたとしても、これと本件事故との間に相当因果関係があると認めるには足りないというべきである。
(六) 治療費(雑費含む) 五万九四〇〇円
原告は、本件事故による傷病の治療費として、原告支払分一四四〇円(森永医院)、被告支払分五万七三〇〇円を要したものと認められる(甲七、乙二1ないし6)。原告主張に係る北摂病院の治療費については、これを認めるに足りる証拠はなく、大阪医科大学附属病院の治療費については、受診が前記症状固定の後であることに照らし、これと本件事故との間に相当因果関係があると認めることはできない。
また、原告は、事故証明取得費用として六六〇万円を要したと認められる。その他、原告の主張の諸費用については、本件事故と相当因果関係にあると認めるに足りる証拠はない。
3 損害額(過失相殺後) 二六万九〇八九円
以上掲げた原告の損害額の合計は、三三万六三六二円であるところ、前記の次第でその二割を控除すると、二六万九〇八九円(一円未満切捨て)となる。
三 争点3について(損害の填補)
1 損害の填補分
証拠(乙二1ないし6、被告河野本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告河野は、原告に対し、見舞金として一〇万円を支払った外、森永医院に原告の治療費五万七三〇〇円を支払ったものと認められる。なお、原告に支払われた一〇万円の名目は見舞金であるが、その金額と原告の前記損害額(二六万九〇八九円)とを対比すると、右見舞金は損害額のかなりの割合に相当するものであるから、損害を填補する性質のものと認められる。
2 損害額(損害の填補分を控除後)
右のとおり、原告は、その損害につき、合計一五万七三〇〇円の填補を受けているから、これらを前記過失相殺後の金額二六万九〇八九円から控除すると、残額は一一万一七八九円となる。
四 結論
よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して一一万一七八九円及びこれに対する本件事故日後である平成七年九月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 山口浩司)
別紙図面